安住の地までいじめから逃げて生き抜いてください。

ぜひ逃げ延びて自分を受け入れてくれる場所にたどり着くまで

ニュースで流れているようないじめと言えるほどのものではなかったけれど、クラスメイトとうまく馴染めず、友達をうまく作ることのできない子どもでした。

両親は厳しく、我慢を美徳とする教育方針だったので、学校が楽しくないことを訴えても、こちらの悩みの核心を捉えた言葉は返ってこず、むしろ馴染めない自分への叱責に終始する家庭でした。
そういう生活が、中学生頃まで続きました。

そんな中、あるバンドの音楽に惹かれ、毎日そのバンドの音楽を聴いたり雑誌を読んだり、とにかくはまりにはまっていました。
今思い返すと、自分自身の唯一の逃げ場だったのだと思います。家庭や学校から逃れられる場所。

大人になった今思うことは、どういう手段であれ、苦しい時間を乗り越えて大人になって良かったということです。
自分の努力や工夫で道を切り開くことができるから。
自分の力でお金を稼いで、生活を築いていけるから。

学生時代が人生の華といった風な表現がされることもありますが、やはり人生の醍醐味は自分で自分の生きる道を切り開くことにあります。
でも、その力が持てるようになるまで生きていなければ何の意味も成しません。

いじめを受けている人、明日から生きるのが嫌だという人に対して、「わかる」なんて軽々しくは言えません。
学校や家庭しかコミュニティがない閉鎖的な生活の中でいじめを受け、家族からの理解も得られない、相談できる友人もいない、その過酷さは大人には決して理解できないものだと思います。

だから、「学校や家族の中に、必ず理解してくれる人はいる」などと軽々しく言うことはできません。
そういう人がまったく居ない状況は有り得ます。
仮にいたとしても、いじめられている本人がそれに気づけなかったり、SOSを発することができなければ、それは居ないのと同じことです。

どんな手段でもいいから逃げ延びて生きてほしい。
学校や親が信用できないなら、いじめの窓口やシェルターなど、勇気を出して逃げるための手段を考えてほしい。

逃げることが悪と思わないでほしい。「いじめ」という手段で向かってきている相手に、真面目に取り合う必要なんて一切無いのです。

大人になった時に見える景色はきっと変わるから。
親や学校は自分の意思では選べなかったとしても、大人になったら自分の生きる道を選ぶことができるのだから。
そして、自分で自分の人生を切り開いた先に、大人になった自分自身を受け入れてくれる人は必ずいます。
その日までどうか、逃げて逃げて逃げ切ってほしい、そう思います。

友人に離れられることが怖い。

私の心を変えてしまったいじめ

私は以前いじめのようなものを受けていました。あちらに悪意があったのかなかったのか今では分かりませんが、当時小学四年生だった私は「学校に行きたくないなぁ」と思ってしまいました。

ムシされたり何かなくなれば私のせいにされたり(勿論心当たりはありません)、近くを通るだけでヒソヒソされたり物を隠されたり移動教室は勿論一人で行動させられたり体育は誰も組んでくれなかったしました。

原因はわかりませんが、小学三年生のときに親の都合で引越しをし新しい環境に馴染めなかったのも原因かもしれません。

親にいじめられていることを言えず、しかもそれが露骨ではなかったので言ってどうなるんだ、という気持ちもありました。ただ、女子特有の陰湿な雰囲気には敏感になりました。

小学五年の時、クラス替えがありやっといじめっ子と離れることができました。そして新しい友人もできました。しかし、私は四年生の頃いじめられたことが尾を引いていて、友人がいつか離れていくのではないかと考え束縛するようになったのです。

自分でも「これでは友人が離れていってしまう」と寛大なふりをし、色んな人と接するようになりましたが、心の奥深くでは「何でその子と話をするんだ、私より楽しそうに話をしている」と思うようになってしまったのです。

それを言ってしまえば友人関係は壊れてしまいますし、せっかくいじめがなくなったのだからうまいことやっていきたいと思いました。

でも心はずっとモヤモヤして本当は束縛したい、この子は裏切らないでほしいなど考えてしまうようになりました。
それは大人になった今でも変わらず、裏切らないでほしい傍にいてほしい、絶対的な安心がほしいと思ってしまうのです。

いじめはいつまでも心に残ってしまいます。大人になっても振り切ることができず、いつか裏切られるのではないかと考えてしまうのです。これからも一生こんな気持ちで過ごすことになると思います。

いじめっ子を殺したり処罰したところで気持ちは変えようがありません。もっと、本当は幸せに何も考えず暮らしたいのです。

バードウォッチングでやせてイジメを克服しました

バードウォッチングでやせたおかげでいじめ克服

小学校5、6年生の時にいじめにあったことがあります。
理由は「クラスの中で一番太っていたから」。今思い出すと肥満児というほどでもなくぽっちゃり体型だったわけですが、周りに私より肉付きのいい子がいなかったのが原因だと思います。クラス替え直後からデブ、ブタ、ブルドッグなど、典型的な呼び名がつきました。

その程度なら無視だけで済みますが、いじめる側がつまらなくなってくるとエスカレートするのがいじめの本質です。私の周りにいるクラスメイト達に「デブ菌がうつるぞ」と言いふらして、一人ぼっちにさせる作戦に出始めました。先生方も心配してはいるものの、具体的に動いてくれることはなく見て見ぬふりを続けていました。

6年生になった頃、両親の勧めでバードウォッチングを始めました。もともと鳥が好きで、運動はもとより山登りは不得意でしたが、珍しい鳥を見たいがために頑張って登っていました。日ごろの学校の鬱憤も晴れるし、どんどんバードウォッチングにはまっていきました。当然の結果として体重に変化が出ました。あれほどブヨブヨとついていた肉が半年ほどですっきり消え、クラスでも細い方に入るほどに痩せました。

体型が変わりすぎたため保健室に呼び出され、悩み事がないか聞かれたくらいです。ダイエットのためではなかったにしろ、秋からはデブといった単語は消え、今度は授業妨害や先生の目を盗んでの暴力が増えました。授業中に数人掛けのテーブルを地震だと言いながらガタガタ揺らしたり、廊下に呼び出されて背中を殴られたりしました。しかし、気構えも変わってきて、友達がぐんと増えたため、友達が守ってくれることでいじめ自体は沈静化していきました。

もし太っていていじめにあっているとすれば、家族で痩せるプロジェクトを立ち上げてみるのも、いじめ脱出の大きなチャンスかもしれません。

中学生時代はずっといじめられていました。

中学時代に受けたいじめについての話

私は中学校時代にいじめを受けていました。いじめの内容としては毎日クラスの所謂不良グループの子達に殴られたり蹴られたり、バケツいっぱいの水をぶっかけられたりなどの直接的な暴力行為が主でした。

『このままでは、自分はボロボロにされてしまう』。

そう思った私は最初は親や先生にも勇気を出して相談をしてはみました。が、状況が改善する事もありませんでしたし、かえっていじめは激しくなる一方でした。次第に私はそんな日常に嫌気がさし、或は恐怖に耐えきれなくなって遂には不登校になってしまったのです。

勇気を出して登校した事もありました。けれど、待っているのは決して平穏な学校での生活ではなくやはりいじめでした。

放課後まで何事もなかったと思えば校門で待ち伏せにあった事もありましたし、どこかに連れて行かれそうになったりお金を取られそうになったり色んな事がありました。かばってくれるクラスメイトも沢山居ましたが、卒業まで私はずっといじめられ続けたのです、とても辛かったです。

そんなこんなで私にとって中学校時代は正直言って何もかもが楽しくなくなってしまった時期でもありましたし、歪んでしまった時期でもありました。学校に通わない事で親とはそりが合わなくなりいざこざがかなり増えましたし家出をしたり、問題を起こしたりすっかりグレてしまって、色んな方に迷惑をかけてしまいました。

その事は今でも深く反省しています。

最後になりますが、客観的に見ていじめられた事自体は絶対に加害者が悪いのだと私は思っています。が、私に限って言えばそうではなくて私にもいじめられる原因は大いにあったように思います。

内向的で他人とうまくコミュニケーションが取れず素直になれなかった自分は角が立つタイプでしたし、そのせいで悪い意味で目立っていたのは確かなのですから。もっと人に痛みや気持ちを分かって行動することが出来ていれば、こんな目には合わずに済んだかもしれませんね。

私のいじめは母がみな解決してくれました

一度相手の気持ちになって

今、社会問題となっている「いじめ」。最近のいじめは本当にひどいものも沢山耳にしますよね・・・。私も子供の頃は何度がいじめにあったことがありました。

ただ、近年のような命に関わるような卑劣なものではなかったので、どこまで「いじめ」と判断して良いのかはとても微妙なところですが・・・。

初めていじめにあったのは、実は私自身は覚えていないのです。これは母から聞いた話しなのですが、幼稚園の時に隣りに座っていた女の子にかなり足を蹴られていたそうです、私!その時は母が目撃していたので、その子に私の足を蹴らないように優しく注意したそうです。

それからその子とは小学校も中学校も一緒でしたが、普通に仲良くおしゃべりする中になっていたので、私の記憶にないのかもしれません。でも小学校に入ってから、今度は別の女の子にいじめられていたそうです。

当時の私は、裁縫が得意な叔母が作ってくれた洋服を着ていることがあったそうです。その洋服はお姫様やお嬢様が着るようなそんな洋服ではなくて、普通の洋服を作ってもらっていたようなのですが、子供ながらに市販のものとは違うことに気づいた友達が、その洋服にひがんでしまい、いじめられていたそうです。そして私がいじめられている現場を、またまた母が目撃したみたいで、またその子を優しく諭したそうです。

そして中学高校の時も、仲間外れ程度のいじめはあったものの、クラス替えや学校が変わったことで全て解決して生きてきました。

私の人生のいじめは、私にとってはとてもつらいものでしたが、今の子供のいじめから比べるとまだマシだったのだと思います。今の時代、親が忙しい人もたくさんいるので、何かあっても、なかなか親に言い出しにくい環境になってしまっているのでしょうか。私の子供時代のいじめは全て母が解決してくれたようなものです。母には感謝しないといけないですね。

いじめとは、いじめる側はあまり深く考えていないのに対して、いじめられた側はとても深く傷つく場合がとても多いと思うのです。子供も大人もストレスを抱えていたり、色々な家庭事情があったりするのかもしれません。でも、どうか一度相手の気持ちになって行動してほしいと切に願います。そして不況だからこそ、みんな手を取り助け合って生きていける世の中になってほしいと思います。

いじめられる側は、いじめる側よりも人間的に強い

いじめられる側は、いじめる側よりも人間的に強い

学生時代、内向的な性格だったため、高校で言葉のいじめに遭いました。クラスの男子の中で、やたら目立つ訳でもなく、おとなしい訳でもない、中途半端なグループに目をつけられ、授業中、休み時間問わずチクチクと悪口を言われました。

掃除中でも、そのグループの男子と目が合おうものなら「死ね」と言われたり、授業で仕方なくグループが同じになり、その時必要に迫られ会話をすると、授業後の休み時間にその時のことを仲間内で取り上げられ、馴れ馴れしいといったように言われるなど、挙げるときりがありません。

誤解をされることも多く、それまでいじめに関与していなかった人で、私に好意を寄せられていると勘違いした男子が、手のひら返しに悪態をつくようになったこともありました。クラスでの立場もどんどん悪くなり、友達が離れていったり、親しくしてくれた女子でも遠巻きに悪口を言うようになり、学年が変わった頃いよいよ耐え切れず、教室に行けなくなりました。

私は幸い、理解ある先生方の協力を得られ、別室登校で無事卒業出来ました。卒業に尽力してくれたのは校長先生でしたが、その一方で、私に「いじめではないんだよね?」と聞き、当時の私もいじめの概念が若干違っていたため、いじめではないと返しました。今思えば、校長としての体面を守りたかったように思えて複雑ですが、校長先生含め先生方には感謝しています。

いじめ問題に対して私が思うことは、いじめる側もいじめられる側も、基本は「弱い」ということです。何が違うのかというと、自分の弱さ、不満を他の弱い人間にぶつけるのがいじめる側。反面、弱さを自分で抱え、人にはぶつけない代わりに、前者のターゲットにされてしまったのがいじめられる側です。

当時の私は、反抗したり、極端に言えばやり返したりするのは良くないと思い、おとなしくしていましたが、自分の弱さを他人への攻撃にすり替えるような最低の人間に無抵抗である必要はないと思います。暴力沙汰になるとさすがに良くないと思いますが、いじめられる側も勇気を持って立ち向かうべきです。いじめられる側は、いじめる側よりも人間的に強いのですから。

幼さ故のコミュニケーションの問題

私は今は37歳専業主婦です。小さい子供が二人います。子供は二人とも男の子なので、女の子ほど細かい陰湿さはないのかもしれませんが、やはり大きくなった時にはいじめに遭わないかもしくは加害者になったりしないか心配になることもあります。

自分自身、いじめに遭ったことはないです。からかいはあっても、陰湿なことはなかったと思います。いじめをした経験ですが、仲のいいグループがあって、仲良くしてるうちはよくてもそのうち何かのひずみで一人の子が嫌になったとします。そうなった時に、グループでもリーダー格というか目立つ子が、もうあの子とは口も利きたくないと言って口も利かなくなったとします。そうなると、周りの子も、今考えると自分自身含めて弱いなと思うのですが、そのリーダー格の子に従って合わせてしまうのです。そんなにムカついてはないけれども、あの人が言うから無視するかと言った感じ。無視された子はたまったものではありません。リーダー格の子の言うことを利かないと、自分もいつハブにされるか分からないからです。

今、このいじめのタイトルで自分の弱さを想い出しました。本当に弱い、自分がない人間だったなと思います。当時の自分には、ここで人を無視するのはよくないと言えなかったのかと考えると、当時は無理だったのだと思います。

ですが、無視はよくありません。無視される友人に、はっきり無視する理由を面と向かって言うべきだったと思います。ただ、注意しなければなりません。あまりにキツイことを言い過ぎては、いじめだとか相手の心傷つけてしまいます。言い方も気をつけなければなりません。また、無視する側の偏見や何となくと言った理由での無視も気をつけなければなりません。本当に直してほしいと思う気持ちが大事で、何となく嫌いだからではいくら何でも自分が幼すぎます。

そんな人間関係をうまく切り抜けることが当時はまだ出来なかったと思っております。今だったら、それとなく距離を置く、直してほしいところは相手に傷つけずにそれとなく忠告するなどの方法を取ると思いますが、当時は難しかったのではないかと思います。

息子たちが大きくなったら、やはりいじめをしてはいけないし、されないようにも努力することもあると思います。覚悟しなければと思っております。

いじめはストレスの発散?

私の通っていた中学にもイジメはありました。クラスで誰か一人をターゲットにするようなイジメはなかったのですが、仲の良い女子のグループがいくつかあってその中でリーダー格の人が気に入らない事があったらその人を省くという感じでした。

私は元々グループでいるよりかは友達と二人で遊びに行ったり休み時間に話しをする方が楽だった為、気の合う友達と常に二人行動を取っていました。

しかし、その友達が急に私の事が見えないという設定で遊び始めたのです。私の話は完全に無視し、声はするのに姿が見えなーいっと言いながらわざと、ぶつかってきたりしました。

止めてといっても彼女自身は楽しかったらしく中々止めてくれずケンカになり話さなくなりお互い違う友達と遊ぶようになりました。何が楽しかったのか全然分からないし、寂しくて存在を無くされる事が切なかったです。

しかし、そんな事もあり意気投合し信頼できる親友に出会えました。彼女もグループにいるのが好きなタイプではなく基本的には二人行動を取っていました。今考えると平和が好きというか面倒事を避けたかったのかもしれません。

クラスで女子はグループにいくつか分かれていると先程書きましたが、そのグループは常に誰か一人をイジメているんです。悪口を言ってグループから外すといった感じです。

その度、私と親友は仲間に入れてあげていました。学校生活って遠足や社会見学、体育祭なんかでグループを作りますがいつものメンバーに入らず席にポツンと座っている友達は見ていられませんでした。

私達はグループに属さないけれども孤立している訳ではなく、クラスメートとは皆普通ぐらいに仲良くしていた方なので行き場のなくした友達が私達二人に加わる事が多くなりました。それでもやはり元のグループが良いのか、悪口を言われなくなると自然にグループに戻っているんです。
そして違う子が今度は外されている。ずっとこんな感じでした。

私も親友も来る者拒まず去るもの追わずというスタンスだったのでお互い良い関係だったのかもしれません。でも内心では、また始まったという感じで馬鹿馬鹿しくてしょうがなかったです。なんで皆で仲良くできないのか。

私も嫌な事をされた経験があったので親友を傷つけるなんてことはしませんし、許してグループに戻る許可を出すなら最初から許せばいいのにと呆れていました。

でも、外された女の子は自分が悪いからっと言ってグループに戻る際は凄く喜んでいました。嫌な事をされてまでいたい場所なのか私にはわかりません。ならば自分の事をわかってくれる相手が一人いればいいんじゃないかなって思います。無理してわざわざグループに属さなくてもいいんじゃないかって。大人になった今でもこの考えは変わっていません。

そしてそういう事の原因を作っている子は裕福な暮らしだけれども両親が忙しく中々一緒に夕飯も食べれず会話がなかった子が多かった気がします。たまたまで偏見かもしれませんが家でぶつけられないストレスや思いの苛立ちから学校でストレス発散しているように見えました。

社会に出てもイジメはありますし、精神的に強くなれるかもしれませんがイジメから学ぶ事ってほとんどないと思います。誰も良い思いなんてしないじゃないですか。

イジメをしている子って悪気がないかもしれませんが相手が辛く傷ついている事をわかって欲しいです。自分がされたら辛い事がわかってイジメなんてしないと思います。

いずれにしても、学校でしか体験できないこと、その時にしか出来ない事もいっぱいあると思うので皆笑顔で学校に行くのが楽しくなる様なクラスの環境作りを目指して欲しいです。