いじめられる側は、いじめる側よりも人間的に強い

いじめられる側は、いじめる側よりも人間的に強い

学生時代、内向的な性格だったため、高校で言葉のいじめに遭いました。クラスの男子の中で、やたら目立つ訳でもなく、おとなしい訳でもない、中途半端なグループに目をつけられ、授業中、休み時間問わずチクチクと悪口を言われました。

掃除中でも、そのグループの男子と目が合おうものなら「死ね」と言われたり、授業で仕方なくグループが同じになり、その時必要に迫られ会話をすると、授業後の休み時間にその時のことを仲間内で取り上げられ、馴れ馴れしいといったように言われるなど、挙げるときりがありません。

誤解をされることも多く、それまでいじめに関与していなかった人で、私に好意を寄せられていると勘違いした男子が、手のひら返しに悪態をつくようになったこともありました。クラスでの立場もどんどん悪くなり、友達が離れていったり、親しくしてくれた女子でも遠巻きに悪口を言うようになり、学年が変わった頃いよいよ耐え切れず、教室に行けなくなりました。

私は幸い、理解ある先生方の協力を得られ、別室登校で無事卒業出来ました。卒業に尽力してくれたのは校長先生でしたが、その一方で、私に「いじめではないんだよね?」と聞き、当時の私もいじめの概念が若干違っていたため、いじめではないと返しました。今思えば、校長としての体面を守りたかったように思えて複雑ですが、校長先生含め先生方には感謝しています。

いじめ問題に対して私が思うことは、いじめる側もいじめられる側も、基本は「弱い」ということです。何が違うのかというと、自分の弱さ、不満を他の弱い人間にぶつけるのがいじめる側。反面、弱さを自分で抱え、人にはぶつけない代わりに、前者のターゲットにされてしまったのがいじめられる側です。

当時の私は、反抗したり、極端に言えばやり返したりするのは良くないと思い、おとなしくしていましたが、自分の弱さを他人への攻撃にすり替えるような最低の人間に無抵抗である必要はないと思います。暴力沙汰になるとさすがに良くないと思いますが、いじめられる側も勇気を持って立ち向かうべきです。いじめられる側は、いじめる側よりも人間的に強いのですから。