私が初めて「いじめ」を経験したのは小学3年生でした

私が初めて「いじめ」を経験したのは小学3年生でした

理由はわかりません。

ただ、小学1年生の頃に引っ越しをしたところの近くに小学校があったのですが、今まで通っていた小学校のほうが好きだったので、転校したいと思いませんでした。

 

しかし、心無い同級生からは、「おまえは○○小に行け。」と、毎日なじられていました。

また、クラスに同じ名前の子がいましたが、その子と区別をするために、ばい菌呼ばわりされていたのも覚えています。

 

小学4年生になってからは、女子グループからも無視されたり、嫌がらせを受けたこともありました。

ドッジボールでは毎回当てられ役になり、「帰りの会」の反省会では、ありもしなかったことを次々と報告され、罰として廊下の雑巾がけ20本をやらされました。

 

今思えば、あの時何故何も言えなかったのだろう、叩かれたり物を投げられても、何故NOと言えなかったのだろう。

皆が私をいじめる理由もわからず、私が何故いじめられたかもわかりません。

 

そして、4年生の後半になって私を庇ってくれたクラスメイトがいました。

その子は早くに母親を亡くしていましたが、クラスでもしっかり者の子でした。

 

私はその子と仲良くなりました。いじめられそうになった時、その子は前に立ちはだかって止めてくれたのです。

 

以来、小学校でのいじめはなくなりました。

5年生でやっとクラス替えがあり、その子と私は同じクラスになり、私をいじめていた女子グループは皆、別々のクラスに行ってしまいました。

 

私は小学5,6年生になって、やっと楽しい学校生活が送れるようになりました。

新しい友達も増え、毎日明るい気持ちで過ごせました。

 

あれから25年以上経ちましたが、私は私立の中学校に行ったので、小学校の同級生とは疎遠になりましたが、私を助けてくれた子、5,6年生になって仲良くなった子たちのことはよく覚えています。

今頃何をしているのかはわかりませんが、いつか地元で逢えたらなと思います。

『いじめ』ってハラスメントじゃないの?

『いじめ』ってハラスメントじゃないの?

「殴る蹴るって暴行事件じゃない?」

そんな疑問を抱えつつ、私がいわゆる『いじめ』によって体を崩したのは10年前のことでした。

無視、シカトなどの軽度かつ執拗な『いじめ』で苦しみ、毎日の登校自体で体をすり減らした私が医者にかかったとき、すでにうつ病は重度にまで進行。今にいたるまで精神科の治療を続けています。

病気の原因は、学校に蔓延する暴力的な空気でした。毎日のように言われる人格否定の言葉。それが恒常化している異常な事態。

考えてみれば、いじめというのはおかしな現象です。

内容を分析してみれば、相手になにかを強要するパワハラ。

体格を指摘される、さらにパンツをずり下がる、なんていうのはあきらかにセクハラ。

よく聞く「校舎裏で殴る蹴る」は暴行罪、傷害罪。

そして、「葬式ごっこ」や、執拗な「死ね」という言葉は、立派に自殺教唆として成り立つでしょう。

なのにどうして、「いじめ事件」を民事裁判で取り扱うのか、10年前の当時、私はわかりませんでした。

今でもわかりません。

子供には権利があるから、刑罰は受けさせるべきではない、という意見を聞いたことがあります。

いいえ、違う。犯す罪は罪なのです。

権利と責任はセットです。なにかを履き違えています。

生存する権利を与えられている代わりに、他人に加害した場合の責任を、人間として負うべきなのです。

一個の人間として責任を引き受けるべきです。それが本当の教育です。

いま、学校という場所はどういうことになっているのか、私は知りません。

ただ、『いじめ』という名の『犯罪』がまかり通る場所に、また関わるくらいならば、私はたとえ結婚しても子供を産まないでしょう。

あの暴力的な空気は今でも忘れません。そして犯罪を許容している学校という場所を、私は忘れません。

もしもつらい状況にいる子供がいるなら、わたしはこう言えるでしょう。

命のほうが大事です。学校という組織やたかが他人のために、死ぬ義理はありません。

たとえそれが肉体的にも、精神的にであっても、死ぬ義理はありません。